前回のエントリからすっかり間が空いてしまった... 7月末、僕は日本に帰ってきて、スポンサー様に挨拶に行った。半年以上放ったらかしにしていた大切なパートナーと時間を過ごした。懐かしのラーメンに舌鼓を打ちまくった。そして、とにかく沢山の友人と会った。社長や、フリーランスや、ベンチャー社員、キャビンアテンダントとして道を歩き始めた僕の友人達。わぉ。皆色んな道を歩んでいるなぁ。
そんな友人達の新たな旅路を応援しつつ、僕は前回のエントリ以来、とにかくITサービスを作りたくてしょうがなかったので色んな人とそんな話をしていた。
9月には南米に戻るつもりだった。だったのだけど、何故かグローバルレベルでのサービスを開発している会社からお声がかかり、LPのメンバーと紆余曲折した結果、9月中旬に僕はアメリカに飛び、Here I am , 懐かしのサンフランシスコにてITベンチャーの立ち上げに奔走しています。(※正確には、日本に既にある法人のアメリカ版立ち上げ)
わぉ。人生どう転がるか本当に判らない。






前回のエントリ「
ヴィパッサナー瞑想という言葉を初めて聞いたのは高校2年生の時。当時色々悩んでいた時、仲が良かった先生に悩みを相談。その時に、「ヴィパッサナー瞑想行って来れば?」と言われたのが最初。聞けば、10日間、寺にこもって誰とも話さずにひたすら瞑想するプログラムが京都にあるという。なんと。結局、その時はビビって行かなかった。
グアテマラでとても「いーなぁ」と思い一方的に仲良くさせて貰った元ウェブデザイナーの旅人さんがいる。彼の存在とか彼の自由さが「あ、やっぱ俺、一人旅行こう。」と決意した理由のひとつなのだが、その人がオススメしていたのがネパールだった。高速移動バックパッカーの彼ですら一ヵ月半も滞在してしまったというネパール。もう、とにかく何かいい噂しか聞かないネパール。遂にやってきた。
僕は幼稚園・中学校・高校・大学をキリスト教系の学校で育ち、牧師の資格を持つ父を持つ。何かとキリスト教には縁が深い。聖書も何千時間を過ごした礼拝の時間で何度も読んだ。また、別の話だけど、2004年頃までは、国連で平和維持活動を職業としたいと思っていた
トルコ、イスタンブール。ヨーロッパとアジアをつなぐ中継地点として栄える街。その言葉を初めて聞いたのは中学校位の時だろーか。僕はその不思議な言語の響きの虜になり、ずーっと昔からトルコに憧れていた。そして、こういうのはホント珍しいのだけど、イスタンブールでの滞在は、そのメガトン級の期待を補って余りある、限りなく充実した日々を与えてくれた。恐らく、僕の一人旅のハイライトであり、象徴。何故か、凄く楽しかった。
さーやってきました音楽の都ウィーン!正直ヨーロッパは物価が高いし、キレイなだけのモノなんて興味がない僕はウィーン訪問につき、「どーせまた別のヨーロッパ都市なだけやろ...すぐ移動しよ」と思っていました(ウィーンに憧れる全日本女子を敵に回す発言。)我ながらヒネクレてるなぁ。しかし、そんな曲がった根性に精神注入棒でバシッとされるくらい、ウィーンの街の美しさは他と比べ物にならず、本当に楽しかった。凄いよウィーン。なめてたよ。すげぇわ、人々が惹かれる理由が分かった。
楽しかったベルリンも終わり、贅沢にもドイツ鉄道を使って、「ポーランドの京都」と言われる古都クラクフへ。最大の目的は、やっぱりドイツ人として一度は見ておきたい、とずっと思っていたアウシュヴィッツ収容所の訪問。「人類が二度と繰り返してはならない悲劇を記念する」という意味で「負の世界遺産」として指定されたアウシュヴィッツ。






















