旅361日目: 私がアメリカで生活できている理由。 ~想いを周りに伝えること。自分で門を叩くこと。~

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サンフランシスコといえば、Google, Facebookなど名だたるウェブサービスの巨人達が本丸を置く土地。今なお現代版アメリカンドリームを求めて日々悲鳴と驚嘆があがっているウェブサービスのメッカです。ここで今年、バーバードビジネススクールを卒業し、今注目のクリーンテック業界の中でも、世界中の投資家が特に注目する会社「Hara」で働かれている吉川さんとお会いしました。「外の世界が見たい!」
そう思い続けた吉川さんがとってこられた「思いを持ち続けること」と「行動をすること」に注目です!

【吉川さんの現在に至るまでの歩みを教えてください】

日本で大学を卒業後、米系外資系金融系企業の東京支社に入社し、クオンツ投資家向けの投資・金融リスク管理モデルのクライアントサービス業務に携わった後、入社2年経ったところで、かねてから希望を出していた海外転勤が適い、カリフォルニア州バークレーに転勤しました。その後、憧れのニューヨークにある本社へ転勤できることとなり、金融モデルのコンサルタントとして、米国中を飛び回って法人投資家の運用戦略のお手伝いをする仕事をしました。その後、マーケットで得た知識を実際の投資モデル商品の構築に活かそうと、プロダクトマネジメントグループに移籍し、新規プロダクトの企画・開発に携わりました。

入社直後から完全に金融の世界にのめり込み、入社1年目からCFAという国際的な証券アナリスト資格を勉強し始め、全3レベルの試験に合格し、資格を取得しました。取得後も、米国内外を飛び回って、一流の投資家に接するこの仕事は面白く、仕事にまい進していたのですが、しばらくして

「今は楽しくやっているけど、長期的に見て、自分はずっとこの業界にいたいのだろうか?まだ若くてチャンスのあるうちに、一度立ち止まって、他の世界ものぞいてみるべきじゃないか?」と考え始めました。

当時の自分は、特定の金融商品についてのテクニカルな知識には自信がありましたが、国際的な職場において、知識だけに頼らずに人を引っ張っていけるようなリーダーシップ力、人間力がまだまだだと痛感していました。また、ビジネスの知識も極端に金融に偏っていました。そのため、一度ここで経営を体系的に学び直し、国際的なネットワークを築き、将来のキャリアのオプションを広げると共に、自分が本当にやりたいことは何なのかをじっくり追究する機会として、ビジネススクールに行く事に決めました。

2008年に第一志望校のハーバード・ビジネススクールに合格し、翌2009年に入学しました。在学中は、エネルギー及びクリーンテック分野にフォーカスしており、2年次にはHBSのエネルギークラブの部長を務めました。2011年に卒業し、現在はシリコンバレーのHaraというクリーンテックベンチャーにて、シニアプロダクトストラテジーマネジャーとして勤務しています。

【現在お勤めの会社Haraについて教えてください】

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Haraはエネルギーなどの企業が消費するあらゆる資源の使用を最適化することで、オペレーションの改善および利益向上を通して、企業価値の向上を支援することを目的としたソフトウェアを提供しています。 Haraはクライナーパーキンス等の一流ベンチャーキャピタルから資金を調達しており、今年のCleantech社によるGlobal Cleantech 100ランキングでも、世界でトップ5に選ばれ、今最も注目を集めるクリーンテックベンチャーのひとつです。

【なぜHaraに入社されたのか、その経緯を教えてください】

Haraと出会ったのはビジネススクール在学中でした。 ビジネススクールに入学した直後、クリーンテック分野にフォーカスすることに決めました。理由は、いくつかありますが、重要なところで、

1. ビジネスを通して大きな社会的な問題を解決する分野の最前線に携わりたいと思っていたこと
2. 特に以前から環境分野に興味があり、クリーンテックのコンセプトに強く共感していたこと
3. 既存の枠組みがすでにある分野よりも、新しいイノベーションが今まさに起こっている分野で、個人として新しい付加価値を生み出す仕事をしたいと思っていたこと
4. アメリカ西海岸が好きで、卒業後はここに住むと決めていたので、その土地で盛んで成長余力のある業種であること

などです。

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HBSではエネルギークラブに加入し、クリーンテック分野について積極的に学び始めました。1年目の冬休みに、シリコンバレーの大御所ベンチャーキャピタルのクライナーパーキンスを訪問した時に、HBS卒のパートナーの方が、クリーンテックの分野では特にHaraに注目していると言っているのを聞きつけ、Haraについてリサーチをし始めました。クリーンテックの分野でも、コテコテのハードウェア技術系ではなく、ソフトウェア系ということで、ビジネス側の人間も幅広く活躍できる分野であると思ったのです。当時は対外的にインターンの募集はしていなかったのですが、メールを書いて、電話アポをとって自分の思いを伝えたら、サマーインターンとして受け入れてくれたんですよ。 ここでのインターン経験が非常に刺激的で面白かったため、卒業後に正社員として入社することにしました。

【元々子供の頃から海外に対する憧れとかはありましたか?将来海外で働くことは望んでおられましたか?】

はい。子供の頃から海外に対する憧れが猛烈にありました。20才前半からアメリカで米系企業で働いている、というと、よく帰国子女なんでしょ、と聞かれるのですが、全くの正反対で非常にドメスティックな環境で子供時代を過ごしてきました。その反動か、日本の外の世界に常に強烈な好奇心を持っていました。大学時代には、横浜にある外国労働者の人権を守るNPO団体でボランティアをしたり、積極的に外国人の友達を作って交流していました。

初めて海外に住んだのは大学3年次のオレゴン州での交換留学の時です。大学卒業後は外に出るステップとして外資系を志望して、縁あって外資系の金融会社に入社しました。しかし外資系に入社してもすぐに海外で働けるわけではありません。常日頃から直属の上司には海外転勤希望を伝えていたのですが、本社からお偉いさんが来る度に事前にメールをして会う機会を作ってもらったり、自分からとにかく「海外で働きたい」と猛烈にアピールをしました。日本の証券アナリスト試験ではなく、国際的に通用するCFAをまず勉強し始めたのも、アピール作戦のひとつです。これらの努力が功を奏したのか、2年目の時に、東京のカントリーマネジャーから「アメリカに転籍するか?」という話を頂くことができ、アメリカに転勤する運びとなりました。

【すごい!アピールがちゃんと機能したんですね!アメリカではどのようなことをされていたんですか?職種の変化はありましたか?】

アメリカに転籍する際の職種の選択肢としては、金融データ及びモデリングのスペシャリストとしてのよりテクニカルな仕事か、顧客に直接接する「営業」に近い職種がありました。最初は、ノンネイティブの自分がアメリカですぐに(日本とは関係ない分野での)顧客に接する仕事は無理だろうと自分で自分に制限をかけて、とりあえずはテクニカルな職種のほうに進もうと考えていたのですが、カントリーマネジャーに、「こんなチャンスは滅多にない。顧客の前にでていけ。若いうちは、そのほうがずっと成長できる。とりあえずやってみろ。」というアドバイスをもらい、外向きで顧客に近い職を選ぶことにしました。

【顧客の前で、というと全部英語ですよね?英語は全く問題ではなかったのですか?】

はじめは問題だらけでした。。。金融というペースの速い環境の中で投資家に的確なアドバイスをしたり、また商品を説明するプレゼンテーションは最初のうちは、毎回失敗の連続でしたよー。嫌味な顧客には、電話で「ネイティブスピーカーと話したい」なんて言われたこともありましたよ(笑)。

アメリカの会社はダイバーシティが進んでいるとは言え、外国人が多いのは技術系で、アメリカ国内のビジネスとなると、ほとんどがアメリカで生まれ育ってきた人たちで固められています。そんな環境に、数少ない外国人として放り込まされたわけですが、はじめはキャッチアップするのに大変でした。唯一の救いは、東京での2年間の仕事やCFAの勉強が、知識的な土台を与えてくれていたことです。

【辛くなったときに、やっぱり帰ろうとか、違うことをしよう、とかそういう思考にはならなかったですか?】

帰ろうと思ったことはありませんでした。自分を成長させるには、「自分の*コンフォートゾーンから抜け出して、より難しい環境に自分を放り込んでいく」っていうことが大切だと思っていたので、いやな思いをしたとしても何とか踏ん張ろうと思っていました。でもなにより、一番強かったのは、「昔の自分と比べてみなよ。今は自分が望んでいた外の世界にいるじゃない。望んでやってきた自由があるじゃないか」という思いで、「これで帰ったらまた、前の悶々としていた自分に戻ってしまう」っていう一種の恐怖心から、自分を鼓舞していました。
*コンフォートゾーン:居心地のいい場所=多くの場合、今いる職場

【この後、MBA取得を目指されるわけですが、取得の経緯をもう少し詳しく教えてください】

先ほどお話したように、CFAを取った後に、「もっと場所やスキルに限定されないそんなユニバーサルなスキルってなんだろう」って考えた結果、MBAに挑戦してみようと決めました。MBA取得をしようと決めたのは、

・MBAを取得することによって、職種と業種に対してレバレッジ(幅)がきくこと
・MBAのクラスメート、教授陣、卒業生とのネットワークがものすごく広くなること
・アメリカで長期的にビジネス界でキャリアを築くのであれば、MBAは必要最低限の武器となること
・2年間の在学期間のなかで、自分がやりたいこと、自分の適性についてじっくり考えることができるという点からです。

実際にMBAを取得した今考えてみても、上記のことはまさにMBAで得られるベネフィットだと思っています。

【今の仕事で何が一番楽しいですか?】

この分野はまだまだ新しいので、顧客も私達も正解を持っていないことのほうが多いんです。顧客によっては何か問題があるに違いない、と思っていてもその問題が何であるか正確に掴めていないこともあります。私達は顧客の声をきき、問題を把握し解決する新しい仕組みを作ることで付加価値を提供していますが、そのプロセスがやっぱり一番楽しいですね!何もないところから新しいものを作るということが。そして、その商品が顧客だけではなく、環境への貢献という意味で社会に寄与していると感じられることが、仕事上の大きなモチベーションになっています。 また、まだ小さいベンチャーではあるけれども、IT最先端のシリコンバレーで優秀なエンジニア達と共にクリーンテックのソフトウェア分野を切り拓いていっている感じ、自分達がこの分野の歴史を創っていっている、という感覚がすごく楽しいです。

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在学中に、Haraでインターンをしていた時に、取締役の一人だったクライナーパーキンスのパートナーが言っていた言葉が印象的でした。

"スタートアップには二種類の会社がある。Missionaryな会社とMercenaryな会社。
Missionaryな会社とは世界を変えようとする会社。
Mercenaryは小手先だけの利益を求める会社。
君たちは明らかにMissionaryだ。"

「曖昧さ」を恐れるな。
「曖昧さ」はMissionaryな会社にはつきものなのだ。
誰もそれをやったことがないからこそ、前例がないからこそ、曖昧なのだ。
もしすでに解が分かっていることだったら、それはすでに誰かがやっているということだ。
だから、「曖昧さ」を恐れないで欲しい。

君達はいま新しい業界を築き上げているのだ。
ここにいる一人ひとりがみなアントレプレナーだということを忘れないでほしい。"

この話に非常に勇気付けられました。

【海外に出たいと思っている若い世代が最近増えてきています。彼らにメッセージをお願いします。】

私が今この場所にいるのは、もちろん縁だったり、色んな人に助けてもらった、っていうことは言うまでもありません。けれども、チャンスを掴むために、自分がどういうことをしたいか、ということを周囲にしっかりアピールして、そのために絶えず行動することが自分のなりたい姿に近づくためには大事だと思います。私は大学でも最初の会社でも、とにかく「外に出て挑戦したい」という思いが心の奥にあって、それを友達だったり、上司だったりと、環境は変化しても絶えずアピールし続けてきました。自分の口から発せられる言葉は、人に意志や気持ちを伝え、感じてもらうことができます。その結果、大学では交換留学を経験し、最初の会社でも入社後2年でアメリカに転勤というチャンスを与えてもらうことができました。まずは自分のなりたい姿があったら、恥ずかしがらずに「私は将来こうなりたいんです」や「こういうことができる自分になりたいんです」ということを周りに伝えることから始めてみてはどうでしょうか。

また、自分を磨くためには、自分から門を叩くことが大切です。そして、チャンスがあるならば、できるだけ自分をストレッチさせることができる環境に意図的に自分を放り込むことです。私がアメリカに来た当初、「日本」というカードを一切使えない分野で顧客の前に出る仕事を選んだために、最初は惨めな思いをたくさんしましたが、この試練があったからこそ、しっかりした土台を作ることができ、今の自分があるんだと思っています。自分で自分の限界を作ってしまわないこと。自分にまだ足りないことがあっても、チャンスがあるならばとにかく飛び込んでみること。いったん入ってしまえば、人間って自分で思うよりも環境に適応できちゃいますから。

海外に働きたいと思っている若い人たちは、できればとにかく早いうちに外の世界に飛び込んでみちゃいましょう。「とりあえずもう少し語学を勉強してから・・」と受身になるのではなく、まずは自ら行動することで、自分が成長できるための最も良い環境に自分を置いてみることです。そうすれば、成長のスピードが確実に速くなります。


話を通じて、一貫して自分の想いをカタチにするために、吉川さんのブレない姿勢がすごく勉強になりました。僕自身も新たな挑戦を始めたばかりですが、「自分に限界を作らずに挑戦すること」は、月並みではありますが、しっかりと胸に刻んで実行していこうと思いました。今後もご活躍、お祈りしております。ご協力、ありがとうございました!

有村 拓朗

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LOHAS Packer's 外資系企業&日系広告代理店で働いていたメンズ三人。もっと広い世界を見たい!と世界一周へ!!! 詳細は コチラ お問い合わせは コチラ まで。
恭平/Kyohei たくろー/Takuro
恭平と拓朗は中米を旅しながら、グアテマラで事業を決意!その後また南米の旅へ!
フリッツ/Fritz
フリッツは世界を旅する中でITに目覚め、アメリカで事業を決意!グアテマラ事業でも連携!

2012.01.01 - 過去ログ - 昨年度は本当にお世話になりました。今年も一層頑張って旅して、目で見て、肌で感じたことを発信していきます。どうぞよろしくお願いいたします!また、オンラインのスペイン語学校をプレオープンしました!こちらからアクセスできます!ひょー!

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