前回のエントリ「旅158日目 : ヴィパッサナー瞑想で色々考え、全てがしっくり来た」の続き。「何故それをやりたいのか判らない、でも絶対「今」自分にとって必要な『何か』が得られる確信だけはある。」僕が世界一周を決めた動機はこれだった。高校二年時アメリカに留学した時も、大学二年時カナダに留学した時も、行く前には全く漠然としていた目的意識が、帰ってきて、「あぁ、この為に自分は行ったんだなぁ」と後から色々点と点が繋がっていくのが楽しかった。まぁ人生全ての経験がそうなのだろうけど、ともかく。
そして、一人旅に出て3ヶ月が経ち、何となく色々まとまりつつあった時に、ヴィパッサナー瞑想をやった。前回のエントリ通り、瞑想そのものは途中でギブアップしたが、ほぼ12日間、「考える」という行為しか許されない環境の中でそれらがまとまった。どうやら、僕が旅に出て色々なんとかしたかった事は、全部解決したようだ。17歳以来僕が己の信条としていた「Struggling Life」にお別れを言う時がやってきたようだった。




ヴィパッサナー瞑想という言葉を初めて聞いたのは高校2年生の時。当時色々悩んでいた時、仲が良かった先生に悩みを相談。その時に、「ヴィパッサナー瞑想行って来れば?」と言われたのが最初。聞けば、10日間、寺にこもって誰とも話さずにひたすら瞑想するプログラムが京都にあるという。なんと。結局、その時はビビって行かなかった。
グアテマラでとても「いーなぁ」と思い一方的に仲良くさせて貰った元ウェブデザイナーの旅人さんがいる。彼の存在とか彼の自由さが「あ、やっぱ俺、一人旅行こう。」と決意した理由のひとつなのだが、その人がオススメしていたのがネパールだった。高速移動バックパッカーの彼ですら一ヵ月半も滞在してしまったというネパール。もう、とにかく何かいい噂しか聞かないネパール。遂にやってきた。





















